INTERVIEW

インタビュー

2023.03.13

VALUE〜ワークショップで気付いた後継者の頼もしさ。事業承継への第一歩を踏み出す 

5本指ソックスや無縫製ニットの企画開発や、製造、販売を行うニッティド株式会社。1981年の創業以来「100人に1人が5本指ソックスを履く時代」を目標に掲げ、スペイン生まれの5本指ソックスを日本に広めてきました。その結果、今や5本指ソックスの靴下マーケットでのシェアは約8%にまで成長。5本指ソックスのパイオニアとして世界の業界を牽引しています。

今回、ニッティド株式会社がなぜVALUEに参加したのか、またVALUEでどんな気付きを得ることができたのか、井戸端康宏社長にお話を伺いました。

事業承継を見据えた企業ビジョンの再設定が必要だった

――今回、なぜVALUEに参加されたのでしょうか?

井戸端さん:VALUEに参加した目的は、10年後の事業承継を見据えてコーポレートビジョンを再設定したいと考えたためです。
弊社は技術力には自信があるものの、現在OEMが8割を占めており、ブランド力や販売力が弱いことが課題です。自社ブランドを伸ばすために、15年前からドイツで自社ブランドを展開していますが、本業である生産が忙しく、本腰を入れて取り組むのが難しい現状でした。
近い将来訪れる事業承継を踏まえて、弊社が今持っている技術や商品、そして課題を整理し、今後の歩むべき方向性を定めておきたいと考えました。

――事業承継の一歩として、VALUEに参加されたということですね。

井戸端さん:そうです。あと、今後の方向性についてしっかり考えたいと思ったのは、コロナ禍で地元とのつながりができて、「地域社会に貢献したい」と考え始めたこともきっかけなんです。

――地域社会への貢献ですか?

井戸端さん:はい。2020年の4月、コロナ禍で靴下の売り上げが半分になってしまい、急遽靴下を編む技術を応用してマスクを製造し始めたのを機に、地元でのつながりができまして。

――ちょうど、マスクが軒並み品切れだった時期ですね。

井戸端さん:そうです。コロナ禍以前は、地元とのつながりを持たずに事業を行なっていましたが、マスクを製造し始めると、今まで取引のなかった地元企業から「マスクの寄付を考えているから、大量に買うよ」と声をかけていただいて。当時、靴下の売り上げが激減していた時期だったので、地元企業には本当に助けていただきました。その時の感謝の気持ちから、「地域社会に貢献したい」と考え始めたんです。

――御社では、地域交流の場として、カフェやレストラン、ピラティススタジオ併設のファクトリーショップ「TRAILER GARDEN」を運営されていますよね。既に地域貢献に取り組まれているのでは。

井戸端さん:はい、ただ地域に貢献するには、やりたいことをやっているだけでは成果に繋がりません。また、せっかく作った自社ブランドも、今のブランド力、販売力のままでは成長戦略が描きにくい現状にあります。
地域のために作った「TRAILER GARDEN」や既存の自社ブランドなど、今あるものを活用しながら会社がこの先進むべき道を、子どもたちに事業承継する前に方向付けたいと考えて、VALUEに参加しました。

他社の活動が良い刺激に

――御社は、Open Event(デザイン経営セミナーや支援者マッチング)の段階から、Selection Phase(事業化・自走化)への参加を希望していましたか?

井戸端さん:そうですね、マーケティングやブランディングの知見はなかったので、Selection Phaseにも参加して専門家の知見を得たいと考えていました。なので、デザイナーなど支援者とのマッチングのためのプレゼンは、弊社の参加目的が簡潔に伝わるよう工夫して挑みました。
その後のブースセッションでは、複数の支援者から事業内容に関する質問をいただいたり、早速アドバイスや提案をいただいたりしたので、プレゼンの手応えを感じることができました。

――その後、選考に通過され、全6回のワークショップが行なわれました。ワークショップではどんな気付きがありましたか?

井戸端さん:ワークショップは、マッチングで組んだ支援者と一緒にOpen Eventのデザイン経営セミナーで学んだことを弊社の現状に当てはめて思考し、意見を交わし合うものでしたが、本当に沢山の気付きがありました。
まず、一緒に参加した他の4社のチームワークや雰囲気、行動力は見ていて刺激になりましたね。他社の様子を見ていると、自分自身の今後の課題として「うまく周りを巻き込みながら知見を集め、物事に取り組む必要性」を感じました。

――ワークショップを通じて、ご自身の課題に気付かれたんですね。

井戸端さん:はい。業界のパイオニアとして、信念を持って5本指ソックスを広めてきましたが、「世の中にないものを商品にするなんて、趣味でやっているビジネスだ」と揶揄された経験もあって、今まで一匹狼で頑張ってきた自負がありました。
でも、他社のチームワークを間近で見たことや、支援者の方々とのつながりができたことで、「今まで1人で戦ってきたけど、周りの知見を借りて、みんなで取り組んだ方がいいものができる」と、気付くことができました。今後の地域貢献事業についても、1事業者よりみんなで協力して取り組む方が、インパクトのあることができるはずです。VALUEで得た、他社や支援者の方々とのつながりは、今後の大きな財産になったと思います。

VALUEを通じて感じた、子供たちの成長

井戸端さん:あと、4回目のワークショップから、後継者である息子が参加したのですが、成長を感じられて嬉しかったですね。

――井戸端さんは、最初は娘さんと2人で、そして途中から息子さん含め3人でご参加いただいたんですよね。

井戸端さん:はい。もちろん2人で参加したのは1人で参加するよりも良かったと思いますが、2人より3人の方が更にいろいろな意見が出て、議論が活発になりました。振り返ると、普段から「後継者である子どもたちの意見も聞かなければ」と思っていたものの、お互いに忙しくて、なかなか話し合う時間が持てていなかったなと。VALUEでは次のワークショップまでに、課題を議論して まとめなければいけないので、時間を取ってしっかり話し合う機会が持てました。
また、それぞれが今後会社を経営するうえで大切にしたい要素を単語にして出し合っては、意見を交わし合う「壁打ち」のような作業が十分できたことは、今回のゴールである「コーポレートビジョンの再設定」において大きな意義があったと思います。
個人的には、子どもたちが一生懸命に会社を想って、意見を出してくれる姿に成長を感じました。夜遅くまで夢中になって話し合い、その中で子どもたちの成長が垣間見られて嬉しかったですね。(睡眠時間が減ってしまい、この年の体にはこたえましたが(笑)。)とくに息子は、他社で経験を積んで弊社に帰ってきたばかりでしたが、「自分が率先して取り組む姿勢」を持ってくれていることを知り、頼もしく思いました。

――ワークショップの集大成である、成果発表会はいかがでしたか?

井戸端さん:最初のマッチング会のプレゼン は私が担当していましたが、成果発表会は子どもたちに任せることができたんです。ワークショップで子どもたちの成長を目の当たりにしたからこそ、任せられました。
発表会後は、「これで事業承継が進み出したね」と、3人で感慨深くなりましたよ。これは事業承継をVALUE参加のテーマとしている弊社にとって、大きな成果でしたね。事業承継を考えている経営者の方は、ぜひ一度VALUEに参加していただきたいです。

支援者から突きつけられた本当の課題

――ワークショップやその後のハンズオン(事業開発期間)では、支援者とどのように関わってきましたか?

井戸端さん:ワークショップが始まったばかりの頃は、支援者の方にどんな能力があるか分からなかったので、「知見に頼るところは頼り、自分たちでできる部分は自分たちで」というスタイルで関わっていました。でも、ワークショップを通じて、いろいろな議論をするなかで互いの理解度も深まり、だんだん込み入った話もできるようになりました。

――支援者との関わりのなかで得た学びや、変化はありましたか?

井戸端さん:ワークショップ最終日の成果発表会後の懇親会で、弊社の真の課題を突きつけていただいたんです。「真の課題は、インナーブランディングですよ」と。

――御社のVALUE参加の目的は、コーポレートビジョンの再設定でしたが、「インナーブランディングが課題だ」と成果発表会後に言われて、どう感じましたか?

井戸端さん:みんなで外向けのビジョンをずっと考えていたのに、最後に「本当に大事なのは、内向きのブランディングだ」と指摘頂いたんですが、7月のOpen Event開始から11月の成果発表会まで、約5ヶ月の学びがあったからこそ、その指摘が附に落ちました。
もちろん、インナーブランディングの重要性については今までも理屈では分かっていたつもりでした。でも、支援者に指摘されて「根本のところは分かっていなかったんだ」と、気付かされました。その気付きが、それまでの5ヶ月の集大成だったなと思っています。

――「根本のところ」とは、どんなことだったのでしょうか。

井戸端さん:戦略としてアウターブランディングも大切ですが、「まず会社としてやりたいことを社員に理解してもらわないと、社員と経営層との乖離が出てきてしまう」ということです。つまりは経営層の意識改革と、トップダウンでは無い経営スタイルへの変更が必要だということですね。分かっていたつもりでしたが、VALUEでの学びがあったからこそ、根本から理解することができました。
あと、息子がワークショップに参加するようになってから、「今の時代、うちの会社のここはおかしい」と、息子から経営者目線で若い意見をもらうようになったことも大きな要因でしたね。VALUEでの学びと、息子からの率直な意見が裏付けになって、インナーブランディングの重要性に気付くことができたと思います。

ワークショップの経験から広がっていく夢

――ワークショップ終了後から現在までのハンズオン(事業開発期間)では、支援者とどのような取り組みをしていますか?

井戸端さん:3月に行なわれる最後の成果報告会に向け、新たなコーポレートビジョンを設定し、今後の取り組みに関するタスク表を作成しています。新たなビジョンの実現に向けて、新ブランドや新商品を生み出す必要があると考えているので、これから3年ほどかけて企画・開発を進めていく予定です。
他には、既存の商品やブランドを活用しながら、どんなことに新しく取り組めるか考えています。今後取り組んでいきたい地域貢献についても、いろんな可能性や自分たちの役割を考えているところなんですよ。専門性のある若者を呼んで、地域の年配の方と繋がりを作れないかとか。

――さまざまなアイデアは、どのように生まれるんですか?

井戸端さん:ワークショップで、意見を出し合ったときに出てきた単語が元になって、アイデアが浮かぶんですよ。やっぱり思考の壁打ち、言語化や見える化って大切ですね。
VALUEを通じて自社の財産や課題が明確になり、今は新たなビジョンの実現に向けて夢が膨らんでいるところです。夢を語れないと、第一歩は踏み出せませんから。

井戸端康宏(ニッティド株式会社 代表取締役社長)
1964年和歌山県生まれ。同志社大学卒業後、株式会社タナベ経営(現株式会社タナベコンサルティンググループ)に入社し、2年間の修業期間を経て1988年ニッティド株式会社へ入社。2001年同社代表取締役社長に就任。2007年ドイツ・ベルリンに販売会社Knitido Europe GmbHを設立し、欧州での5本指ソックスの販売をスタート。2022年4月に地域の交流拠点として『TRAILER GARDEN』をオープンし、社食も兼ねたCAFÉ、ピラティスなどのレッスンを行えるSTUDIO、5本指ソックスを販売するSTOREを運営している。