INTERVIEW

インタビュー

2024.04.01

VALUE~デザイン思考で一手を変える、着物文化を後世に残すための挑戦~

Made in WAKAYAMAのアパレルブランドNOI(ノイ)は、ニット素材で誰でも着やすい新感覚のきものを販売しています。和歌山の高品質メリヤスを使ったKIMONOWEAR、吊り編み技術による和紙100%プロダクトのCARP SLEEVE SHIRTなど、和歌山が誇る産業や技術を活かしたブランドを立ち上げたのは、創業146年を迎える和歌山「べにや呉服店」の五代目若女将の旭さんです。呉服店で着物の商いを営む中で、年々と着物離れが進む現状を憂い、「100年後にも着物文化を残せないか」と新しい発想でNOIのブランディングに取り組んでいます。今回、NOI代表の旭さんがなぜVALUEに参加したのか、またVALUEでどんな気づきを得ることができたのか、お話を伺いました。


参加する不安を乗り越えたのは、ここで立ち止まってはいけないという危機感

――― VALUEプロジェクトに応募したきっかけを教えてください。

旭さん:2022年度に開催されていたVALUEには、和歌山で有名な方達が関わっていました。イベントの登壇者やデザイナーなど私もよく知っている方々ばっかりで、当初からVALUEの取り組みを知っていました。しかし、いざ自分が参加するにあたっては、戸惑いや迷いが生じました。個人商店の呉服屋出身で今まで触れてこなかったデザインの分野に対して苦手意識を持っていたのです。クリエティブやコピーライティングの経験がある夫から「NOIにデザイン思考を入れる必要がある」と、ずっと助言をもらっていましたが、ブランドに必要なことは理解できるけど、私に出来ることではないと思い込んでいました。

そんな葛藤を抱えながらも、和歌山県外の企業の方との商談が増え、百貨店へのポップアップ出店が決まったこともあり、「地元であれば顔を知っている同士で商談が進む。しかしブランドを広げるならば、ここで立ち止まってはいけない」と危機感のようなものを感じました。一方でVALUEに参加する不安もまだ消えておらず、既存業務の繁忙期との両立への不安や緊張感など、いろんな感情が押し寄せてきました。本当にギリギリまで迷っていましたが「デザインの力によって、これまで及ばなかった新しい一手が伸びるかもしれない」と覚悟を決めて、締め切り間近で参加申し込みをしました。

――― ピッチプレゼンを経て、VALUEへの参加が決まった時の気持ちは?

旭さん:NOIのブランドを立ち上げた背景やコンセプトをプレゼンしました。今の着物市場は、最盛期から1/6まで減っていて、実際に着物を着る人は3%しかおらず、機会があれば着たいと思っている人が70%という状況です。着物を着ない理由には「高価である・着付けが難しい・日常的なものではない」が主に挙げられます。その理由を解消するために、ニット生地で洋服のように扱えて、海外の方もひとりで着ることができる「新感覚のきもの」を開発し、商品の全製造工程が和歌山であるというブランドのコンセプトを伝えました。

着物といえば「特別な装いの晴れ着」というイメージですよね。晴れ着のイメージは高度経済成長のマーケティングによるもので歴史は浅く、元々は日常着として着物が親しまれていました。例えば、お茶の文化は変わらず今も残っています。遡ればお茶は貴族だけの嗜みだったものに、千利休が茶の湯に込めた「平等の立場で、純粋にお茶を楽しむ場」というわびの精神によって誰でもお茶を楽しむ文化が広がりました。着物を正装や晴れ着という存在から、もっと普段の自分たちの手の中に戻していきたい、そんな思いがあります。プレゼン後に審査を通過した連絡をいただいて、嬉しかったと同時に「いよいよ始まるんだ」という緊張感がやってきましたね。

学びを実践に活かすことで、自らの気づきと変化が生まれていく

――― 全9回のワークショップを通じて、学びや気づきはありましたか。

旭さん:異業種での大きなビジネスや事業をされている方々との出会い、ワークショップで学ぶことは全て、これまでの自分の中にはなかった世界を見せてもらっている感覚でした。

具体的には商品のディスプレイやお客様へご説明する時の内容について、今までにない気づきを得ることができて、すぐに学びを実践に活かすことができました。

私は着物の世界にずっといたので着物のディスプレイやお客様の反応は熟知しています。NOIのKIMONOWEARは、着物は着たことがないけれど憧れている方が購入してくださっているのですが、そういったお客様が店頭で「着物」と捉えてしまうと遠ざかることに気づきました。ライフスタイルの提案、バッグやベルトなど手に取りやすいものを置いて、着物を前面に出す方法とは異なる見せ方にしてみると、お客様がスッと入ってくださったので、試行錯誤をしています。

――― VALUEで発案した新商品“ととのうWEAR”について教えてください。

旭さん:VALUEチームメンバーのデザイナーさんやアドバイザーさんも着物を着ない方で、「ルームウェアという提案だったら、ちょっと自分事(自分に関係あるもの)になりますよね」という声をもらって着想を得ました。着物が持つイメージ「ちゃんとしなくちゃ」の逆にある言葉を見つけていき、着物の固定概念を良い意味で崩していくことでリーチが広がる仮説を立てました。「ちゃんと着る」の逆の言葉、「名刺代わりの外出着」の逆の言葉というように発想を広げて、マスを取っていくにはどうすればいいか、面白いのか、と考えを重ねていったところ、“部屋着”というアイデアが見えてきました。マタニティウェアというアイデアもありましたが、やはり男性にも着てもらいたいし、「誰でも着られるもの」を軸に置きました。また着物を着ると身体の使い方が変わることに注目して「ととのう」という付加価値を考えました。

いま考えているものは、上下セパレートのカーディガンと巻きスカートのようなものですが、身体を入れるとゆとりがあります。モニタリングでは「すごく身体が楽」「何も着てないみたい」「纏うという感覚を実感した」といった声をいただきました。自分の身体や健康に対して意識が高い方が興味を持ってくださることも見えてきて、生地から作っているのですが価格や最終型を検討している段階です。

和歌山県の外、日本の外に進出する一歩を踏み出す

――― VALUEに参加して良かった点はどんなところでしょうか。

旭さん:実際に参加してみて、今までの自分の見てきた世界と本当に違う世界を知ることができました。ひとつひとつ受け入れていくことや準備などは大変ですが、本当に面白いことばかり。ワークショップは既存事業と新規事業の棲み分けや、自分の中での整理がなかなか難しく、さらに既存事業が多忙なときで、なおかつVALUEで学んだことを既存事業にも即座に活かしたい気持ちから、意図的に持ち込んでしまって、ごちゃごちゃした状態だったのも関わらず、いつも壁打ちして整理するプロセスに向き合ってもらって本当にありがたい時間でした。私がその時ピンと来なくとも、進むべき方向や視点を何度も諦めずに伝えてくださって、自分の事業をそこまで誰に愛情を持って叩いていただけることはないので、本当に参加して良かったです。

VALUEで特に学んだことは、お客様の動向を細やかに観察し、なるべく主観を入れずに分析するようになったことです。これまでは自分の思いが先にあり力技でやってきたので、事実を客観的に観察することで軌道修正が柔軟にできるようになりました。

――― これからVALUEにチャレンジされる皆さんへお伝えしたいことはありますか。

旭さん:私の周りにも力技で売上を上げていた経営者の方や個人事業をされている方が多くいらっしゃいます。私と同じように皆さんも「和歌山県以外でも販売していかなくちゃいけない」「海外にも進出していきたい」という思いを持っています。参加する前の私のようにデザイン思考に抵抗がある方もいらっしゃるかもしれません。私は、呉服にしがみついても売上が上がらないし、やれることを全部やらないと生き残っていけない。このままでは悔いが残ってしまうし、もう後がないという危機感がありました。それを無視せず、次のフェーズに向かうと決めた時にVALUEでデザイン思考を学ぶことができたことは自分に取ってベストタイミングだったと思います。思い切って、ぜひ参加してほしいと思います。

インタビュイー

旭真友梨
NOI代表/「べにや呉服店」五代目若女将
明治創業のべにや呉服店に生まれ、幼少期から着物に囲まれて過ごす。年々、着物離れが進むことに危機感を抱く。着物文化を100年後も残すために、2018年に木綿きもの「121E」、2021年にニット素材の新感覚きもの「NOI」を創業。「NOI」では和歌山県の高品質メリヤスニットを使い、季節問わず誰でも楽しめるKIMONOWEARを開発。